小村雪岱と繁岡ケンイチ(繁岡鑒一)
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平凡社ライブラリーとして2006年9月11日に 小村雪岱「日本橋檜物町」が出版されました。
その目次教養のある金沢の樹木より繁岡ケンイチ舞台装置「滝の白糸」の舞台についてのコメントがあり、また付録に繁岡ケンイチが大衆文芸に寄稿した小村雪岱への追悼文「追憶」も掲載されています。


追憶 」 繁岡ケンイチ

                                                         

 小村さんが逝かれてやがて1月にならうとして居ります。小村さんの死は何故か私の胸を深く打ちます。 
小村さんの舞台装置を見て居ると、私はウツトリとして、夢の中に溶け込んで了ふ様な感情に包まれて了ふのです。


 快い色感の諧調、面と面との立体的構成がもたらす線の美くしさ、特に舞踊の舞台面から受ける地味にして明るい色調こそは、他の追従を許しませんでした。 そして最も私を感激させるものは、その装置と衣裳考証との関係に一段と優れた効果を表はすことです。 その上これらの条件が、いつも出演者を異常に舞台上に引立たせる事でした。

 装置をすると云う仕事は、兎角装置それのみの効果的技巧に魅せられ勝ちになるので、つい演技者の邪魔者になる嫌いが多いのです。が、小村さんの場合ですと、むしろ反対にヒカヘ目に色なり、形なりを考案されるのです。

 ですから、小村さんの装置の場合、演技者を充分引立たせることすれ、演技者の邪魔になる結果等殆んど無かったと思ひます。 しかも装置として、その場に必要な条件は一際整つて居つたことでした。 この点特に私は小村さんから多く教へられて居たと思つて居ります。

 小村さんは芝居が余程お好きでした。お目に懸かる度に、装置上の繁雑な交渉後の不快さを、それとなく語られる裡
、次には又、希望的な話も出て来るのです。 柔らかい対話は小村さんの仕事から受ける感じそのままです。然しその柔らかさの中にも確然とした「自己」は、はつきり区切りをつけられて居られました。

 その小村さんが急逝されるとは。
 我が舞台美術界にとつての不幸のみでなく演劇界にとつても大きな損失と云へませう、遺作展計画を聞いて居ります。この事こそ小村さんの霊に対するよき花向けと思つて居ります。

                                                     --晩秋の夜--

                                           (大衆文藝 昭和十五年十二月)

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